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大分地方裁判所 昭和40年(行ウ)6号 判決

原告 山豊証券株式会社

被告 大分税務署長

訴訟代理人 高橋正 外四名

主文

被告が昭和三八年二月二八日原告に対してなした原告の昭和三四年一〇月一日から同年一二月三一日までの間の事業年度の所得を金一〇、八四五、〇四〇円とする更正処分のうち、金七、二三五、一八五円を超過する部分(審査決定により取消された部分)を除き、その余を取消す。

被告が昭和三八年三月八日原告に対してなした原告の清算所得を金二、四二五、六六九円とする更正処分のうち、金一、二六八、八三七円を超過する部分(審査決定により取消された部分)を除き、その余を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一、請求原因一及び二の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、先ず原告主張の手続的違法事由(附記理由の不備)の存否につき検討する。

(一)  本件各更正処分の更正通知書には原告主張(請求原因三の(一)記載)のとおりの理由が附記されていることは当事者間に争いなく、また〈証拠省略〉によれば、右各通知書には右のほかいずれも「貴法人備付けの帳簿書類を調査した結果、所得金額等の計算に誤りがあると認められますから次のように申告書に記載された所得金額等に加算減算して更正しました。」旨の理由附記がなされていることが認められる。

(二)  ところで、青色申告法人の申告の更正の場合、改正前の法人税法第三二条により附記すべき更正の理由を欠く通知は違法にして、当該更正は取消を免れないものと解されるが、右各理由の附記がその要件を欠くか否かにつき考えてみる。そもそも青色申告による申告納税制度は、政府がなすべき国税課税行為につき、過重な事務負担を軽減し、能率的税務行政をなすために採られた制度であつて、納税者に対し申告の基礎となる法定の帳簿、書類の具備及び記帳を要請し、かかる帳簿を具備し、且つ不実の記載をするおそれがないと認められる納税者に対してのみ青色申告の承認を与え、その反面かかる承認を受けた納税者の確定申告は原則としてこれをそのまま当該納税者の課税標準ならびに納入税額として採用しようとするものである。改正前の法人税法第三一条が更正処分のできる場合を限定しているのも、右の申告制度の趣旨に対応し、納税者に対してその帳簿、書類の記載を無視して更正がなされないことを保障し、その担保として同法第三二条において理由附記を要求しているのであるから、その記載も「特に右帳簿、書類の記載以上に信憑力ある資料を摘示して処分の具体的根拠を明らかにする」(最高裁昭38・5・31第二小法廷判決)程度に具体性あるものでなければならず、単に主観的に当該納税者が推認できると否とに関係なく、客観的に十分認識しうる程度のものたることを要するもの(最高裁昭38・12・27第二小判決)と解される。

これを本件各更正通知書の附記理由(増額更正部分)についてみるに、

(1)  本件各所得の「営業譲渡補償金」に関する理由附記は、前示のとおり単に勘定科目及び金額を記載するほか、更正資料として総括的に原告備付の帳簿書類と記載するだけである。しかし単に同帳簿を精査することにより自ら明らかになる申告上の過誤(例えば後記違算分、あるいは会計又は税法上の規則の適用の誤謬等)のような場合は格別、そうでない場合には、本件における右記載のように単に否認の対象を掲記しているのみでは足りず、右帳簿の記載を否認し、更正の積極的根拠となりうる信憑力ある資料の摘示を必要とするものというべきである。しかして、成立に争いのない〈証拠省略〉証人川上忠臣ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、右の各更正においては事業所得中の「営業譲渡協力金二、五〇〇、〇〇〇円」を除き、その余の部分はすべて、原告備付の帳簿にはなんらの記帳もなく、被告は山田豊と日興証券との間に取交わされた覚書(〈証拠省略〉これらは原告備付の書類ではなく山田豊所持のもの)を更正理由の資料としたこと、また右協力金については原告備付の帳簿に記帳されてはいるが、本件事業年度中に発生した債権債務として記帳されていたものではなく、被告が右協力金を本件事業所得と認定したのは、原告と日興証券との間に昭和三四年七月二五日取交わされた別途覚書並びに前記登録事項変更通知書に基き、両者間の営業譲渡契約に伴い原告が得た右協力金名義の債権として、本件事業年度中に発生したものと認めたことを理由にするものであること等の事実が認められる。従つて右の各覚書等が更正理由の決定的な根拠資料であり、これを附記すべきであるにも拘らず、本件各更正に対し、なんら積極的な資料とならない原告備付の帳簿、書類(右覚書及び登録事項変更通知書は含まれていないものと認められる)とのみ一括記載するだけで、これ以外にこれを否認し、益金を認めるに足りる信憑力ある資料の摘示もしていないのであるから、右は附記理由に要する資料の摘示として極めて不十分といわざるを得ない。のみならず、本件各更正通知書記載の附記理由をもつてしては、如何なる事実をもつて如何なる理由により営業譲渡補償金と認定し、且つまた如何なる事実を根拠に当期益金とし計上すべきものと認定し、原告の帳簿記載を否認したのか、これを客観的に認識せしむるに足る程度の記載もない。従つて右理由の附記は法の要求する程度に至らず違法なものと解される。

(2)  「認定利息(代表者)」に関する附記理由については、後述(4) のとおりこれは原告代表者に対する貸付金の性質を有する仮払金によつて生じた認定賞与に関するものである。およそ、認定賞与による益金の計上洩れの場合においても、その認定の基礎となる無償貸付金、又は給与名義の支払等の事実が原告備付の帳簿に記帳されているときは、その計上洩れは単に税法の規則の適用の誤りがあるに過ぎないものであるから、右帳簿以外にこれを否認する資料の附記は不要というべきである。しかし本件の場合にはその基礎となるものが仮払金というのであるから、後記(4) 説示のとおり、その性質を明確にし、よつて認定利息とする根拠を示す程度の附記を要するものと解するが相当である。従つて、右の理由の附記も十分ではなく違法なものといわざるを得ない。

(3)  「残余財産価額の違算分」に関する附記理由をみるに、右は残余財産の記帳事務における集計上の誤謬に過ぎず、これは原告備付の帳簿を精査することにより十分明らかとなる事柄であるから、本件理由附記のみで法の要求するところを十分充しているものと解される。

(4)  「代表者仮払金」に関する附記理由については、右の仮払金なるものが内容不明確な勘定科目である点からみて、これを益金として更正する以上、その附記理由には右の仮払金が終局的に如何なる勘定項目として処理されるべきものであつて、益金に計上すべき性質を有するものであることについて、その理由ならびに具体的根拠を摘示すべきである。これを本件についてみるに成立に争いのない甲第六号証(本件事業所得に関する確定申告書)によれば、右申告書添付の積立金額の計算に関する明細書において本件仮払金と同額の仮払金額(差引合計額)が記載されていることが認められ、成立に争いない〈証拠省略〉を参酌するとき、本件仮払金は右甲第六号証記載の仮払金に相当するもので、被告においてこれを原告代表者に対する貸付金と認定し、清算中においてもなお残余財産の一を形成するものであるとして当該更正をなしたものであり、更に右貸付により代表者が得る経済的利益(通常の貸付利率によれば原告が得べかりし利息相当金)につき、これを代表者に対して分配した認定賞与(認定利息)として、本件事業所得において、これを計上すべき益金と認定したものであることが窺われる。しかし、かかる更正理由は前示理由の附記のみによつて未だ明らかではない。殊に、如何なる勘定科目として処理したかも不明であり、また具体的な資料の摘示もないのであるから、適法な理由附記を欠缺するものと解するが相当である。

以上のとおりであるとすれば、結局本件各更正理由の附記のうち右(3) を除きその余の部分はいずれも法の要請に従つた適法な理由附記を具備しないもので、違法として取消を免れないものと解するが相当である。

三、次に、被告主張の違法治癒の抗弁に対し判断する。

(一)  本件各裁決謄本送付通知書には、それぞれ別紙に記載のとおりの裁決の理由が附記されていることについては当事者間に争いなきところ、右の理由をみれば本件各更正の理由のうち営業譲渡補償金に関する部分についてはその理由ならびに根拠を把握しうることが窺われる。

(二)  そこで、右各裁決の理由記載による違法治癒の成否につき検討する。

一般に、行政処分の違法性の判断は処分時を基準とすべきであるが、なおかつ処分の瑕疵の治癒あるいは追完を認めうる場合も存する。ところで、更正処分において「更正の理由」の附記を要求する趣旨は何故に納税者の申告及び帳簿書類を信用しないかの理由を告知することであり、それ故に処分自体の理由のみではない。従つて「更正の理由」は訴願の当否の判断理由つまり「裁決の理由」とも自らその趣旨性質を異にするものである。そうすると、「更正の理由」の不備を「裁決の理由」をもつて直ちに追完補正するということは当然にはありえないことであり、唯「裁決の理由」の通知がその本来の機能を果すほか、たまたま更正処分の「更正理由」をも明確にするような内容のものである場合に原処分の「更正の理由」の不備がこれにより補充されたとして該更正処分を適法ならしめるかどうかを検討すれば足りることになる。

(1)  更正の理由の附記は、更正に際しその更正理由を明確にすることにより更正処分庁がその更正内容を安易に変更してその理由を暈して納税者(青色申告納税者)に処分に対する疑惑を抱かせることのないように配慮し、処分の対象を特定することによつてその責任の所在を明確にし、もつて当該処分庁の慎重にして合理的な更正を期する機能、換言すれば、安易に青色申告が更正されることのないように手続的に担保し、合理的な更正を当該納税者に保障するものである。

従つて、右の担保ないし保障はあくまでも更正権限を有する更正処分庁(被告税務署)の更正処分に対して向けられているのである。裁決庁の「裁決の理由」の記載が前示保障機能を直截に果すものではない。仮に「裁決の理由」記載が「更正の理由」を明らかにすることもあり得るが故に、瑕疵の治癒が生じるものとしても、右は当該納税者の不服申立を待つて始めて起きるものでありかかる場合にのみ限定されたものに過ぎない。このことは反面、更正の理由を附記しなくても、納税者が裁決を求むれば常に治癒し、裁決を求めなければ是正の機会は殆んどないので、理由附記を義務ずける法の要請は満足されず、本来原処分庁に向けられたはずの右の保障機能をそれだけ後退せしめ、他面更正処分に対する責任を不明確にし更正処分、ならびに税務行政の安易な処理の傾向を招来する虞れなしとしない。

(2)  また、更正の理由附記は申告否認の理由(争点)を明確にして、これを納税者に告知することによつて、右告知を受けた納税者がその附記理由によつて争点を把握、検討することにより、これに対する不服申立を為すべきか否かの判断を誤またず為すことができることになる。もし裁決の段階で直ちに治癒するものとすれば、更正の理由附記が安易になされる結果を招来し、本来適法な更正の理由が附記されていれば回避しえたであろう無用な審査請求を納税者になさしめるという不当な結果をも予測され更にまた更正の理由附記が不備のため該更正処分の争点を把握できなかつたか又は理解困難なため、不服申立をすればそこにおいて原処分の違法も是正されたのに、右申立をなさないか、又は十分な不服理由を主張できず、適切な行政的救済手段を利用する機会を喪失し、納税者に不利な結果をきたすのみならず、訴願前置を要件とする司法救済の道も閉ざされることになる。

(3)  被告は瑕疵の治癒すべき根拠として、裁決が同一行政庁内部の一連の手続過程たる上級行政庁の処分たることを主張するが、取消訴訟の対象はあくまで当該処分をなした行政庁の処分の違法の有無であるから、原処分庁と裁決庁との各処分を総合したうえ、原処分の違法の有無を判断することは本来許容さるべきではない。行政処分に対する不服審査制度の本質が国民の権利利益の保護、救済を目的とするものであることは行政不服審査法第一条の規定に照して明らかであり、たとえ裁決庁が原処分庁の上級行政庁にあたる場合においても、原処分庁のなした処分に対し、その監督権を行使して変更しうるのは、審査請求人に対し不利益にならない場合に限られることを考え併せるとき、被告の右主張は審査制度本来の趣旨に合致するものとは解されない。

以上((1) 、(2) 、(3) )によれば、被告主張の瑕疵の治癒を認めることは困難である。

仮に、被告の主張の如く違法の治癒がなされるものとしても、確定申告に関する更正期間は三年間に限られ、更正内容が実体的理由に基くものであれ、手続的理由によるものであれ、更正処分自体の効力を左右するに足るものである以上、先行処分を更正するものとして、いずれも右期間の制限に服すべきものと解され、右期間は経過後の更正を許さない趣旨であるから、瑕疵の追完ないし裁決による治癒も右期限内に限られるべきもので、右期間経過後はその効力を有しないものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、当事者間に争いのない前示(一)事実によつて、本件各更正の理由が明らかにされたとする本件各裁決日はいずれも、更正期間たる三ケ年を経過した後であることが明らかであるから、裁決における理由を以つて更正の理由附記の違法が治癒されるとしても、被告主張の本件各裁決では本件更正の理由附記の不備は治癒されるものではない。

従つて、いずれにしても営業譲渡補償金に関する本件更正の理由附記は違法なものとしてその取消を免れない。

四、そうすると、清算所得に関する更正のうち「残余財産価額の違算分金四、〇〇〇円」に限り、更正の実体的違法の有無を判断すべきことになる。しかして、右違算分に関してはこれが実存するものであることについては当事者間に争いなく、更に本件清算所得における更正の理由減算欄に附記された清算中所得税金一一、五六九円が現実に支払われたもので、本件清算所得の確定申告額より控除されるべきことも当事者間に争いないところである。他面、本件は更正期間を徒過し、被告においてあらためて適式な処分をする余地なきものである。してみれば右違算分と減算すべき清算所得の両者を対比して所得の変動をみれば足るところ、右金四、〇〇〇円の所得の増額をもつては未だ本件更正後の清算所得額に何んら影響するところはないことが明らかである。

従つて清算所得についての本件更正もその全額の取消を免れないものといわざるを得ない。

五、よつて、原告の被告に対する本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 平田勝雅 島信幸 川本隆)

別紙一、二〈省略〉

別紙三

裁決の理由

事業年度所得

(一) 営業権の譲渡に関する契約成立の日は証券業者登録事項変更のあつた昭和三四年一一月一三日であるから営業譲渡協力金その他営業譲渡の対価は解散事業年度の所得とすべきである。

(二) 昭和三四年七月二五日請求人と日興証券株式会社との間において作成された覚書によると営業譲渡協力金二五〇万円のほか山田豊が嘱託員として受ける報酬四七〇万円、および山田豊が借入れた三〇〇万円より受ける経済的な利益七四万一四五円計五四四万一四五円は営業権譲渡の対価と認められる営業権の対価五四四万一四五円の内訳は次のとおりである。

(1)  山田豊嘱託員報酬月額一〇万円二九ケ月分二九〇万円

(2)  山田豊嘱託員報酬(終身雇用契約分)月額七万五、〇〇〇円、一八〇万円

(3)  貸付金三〇〇万円より受ける経済的な利益七四万一四五円(据置期間の無利息分二七万六、〇〇〇円償還期間中低利率分四六万四、一四五円)

(三) したがつて営業権譲渡補償金は二五〇万円と五四四万一四五円との合計額七九四万一四五円となるから当初更正所得金額一、〇八四万五、〇四〇円は七二三万五、一八五円に減少するためその一部を取消す。

清算所得

(一) 昭和三四年七月二五日請求法人と日興証券株式会社との間で作成された覚書によると営業譲渡協力金二五〇万円のほか山田豊が嘱託員として受ける報酬四七〇万円および山田豊が借入れた三〇〇万円より受ける経済的な利益七四万一四五円計五四四万一四五円が営業権譲渡の対価と認められる。したがつて原処分庁が営業譲渡補償金として残余財産の価格に算入した九〇五万円は五四四万一四五円に減額する。

(二) 原処分が行なつた清算所得の計算について次のとおり誤りがあるため残余財産の価額に加算または減算する。

(1)  解散事業年度分の所得金額の異動に伴い未納法人税その他六三三万四九三〇円は未納法人税三〇二万二、三八〇円未納事業税八五万一、九六〇円未納県市民税四三万五、四一〇円計四三〇万九、七五〇円となる。

(2)  清算中の事業年度に納付した法人税その他について原処分庁の計算は三、七〇九円となつているが納付した税額の合計額は三九万三、九九八円である。

(3)  解散事業年度末日現在法人計算外積立金のうち什器備品償却超過額一万二、三三五円預り金二万五、二一九円を加算する。

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